社長メッセージ
25歳でアフリカ マダガスカルに駐在
現場に寄り添う原体験から「幸せな未来」を築くことを決意
2025年4月1日付で、社長・CEOに就任しました今井です。
豊田通商グループには「豊田通商DNA」という、全社員が共有すべき価値観・行動原則があります。
人としての誠実さや情熱。現場に立ち、現実に向き合う姿勢。そして、目の前の壁を乗り越えて未来を創っていく挑戦心です。私はこの豊田通商DNAを誰よりも体現しているような存在でありたいと思っています。
私が豊田通商に入社してから、37年余りが経ちます。この長い年月の中で出自や国籍の異なる多様な仲間やお客さま、パートナー企業、および地域社会の皆さまと多くの出会いを重ね、喜怒哀楽を共にしてきました。
入社4年目、25歳でアフリカのマダガスカルの事務所長に就任。現在のグローバルサウスの最前線の一つです。私を含めてメンバーは6人。小規模ながらも、ここで事務所長という責任あるポジションを任され、重要な意思決定を下す役割を担うことになったのです。現地のマダガスカル語もフランス語も、ほとんど話せないレベルでしたが、インド洋西部に位置するこの島に足をおろし、仲間と共に汗を流しました。マダガスカルでの仕事は、クーデターが起きて国外退去を迫られる等の困難が続き、大きな敗北感に打ちのめされたこともあります。
当時の住まいから車で2時間くらいの所に、曽野綾子氏の小説『時の止まった赤ん坊』のモデルにもなった遠藤能子シスターが勤務されていたアベマリア産院があり、私は時間を見つけては、車で医療物資を運んだり、院内を掃除する等のお手伝いをしていました。医療物資や手術の設備は、当然ながら全く足りていません。生まれてくる子供のうち4人に1人は死産となり、妊婦さんが栄養不良で亡くなっていく現場を、身近で直視することになりました。アフリカの人々を思いやり、現場に寄り添う中で、私は次第に「この人たちの幸せな未来を築くためにはどうすればよいのか」を真剣に考え始めたのです。私の中の「豊田通商DNA」は、この頃に覚醒したのだと思っています。
その後、日本へ帰国し、2000年には南アフリ力の現地法人に駐在。ここでは、アフリカで自動車事業を展開していた英国ロンロー社の買収プロジェクトを担当し、その後、南アフリカにある統括拠点のゼネラルマネージャーとして、経営全般を任されました。ここで身をもって経験したのは、出自や国籍、文化の異なる多様なメンバーを束ねる難しさです。赴任直後は、企業として果たすべきミッションやビジョンもうまくメンバーに伝わらず、机上の空論になりかけていました。しかし、現地で同じ時間を過ごし、本音をぶつけながら仕事に向き合う過程で、まさにメンバー一人ひとりに魂が宿り、徐々にチームが機能し始めたのです。当初は相容れなかったメンバー同士がやがて信頼し合う場面を、幾度も目にしました。数々の軋轢や難局を乗り越えて、統合効果を最大化するPMI(Post Merger Integration)を完遂できたことは、多様な当社グループ7万人の大旅団をリードする立場になった今、私の中でのかけがえのない糧となっています。

苦手科目はあっても、得意科目にはめっぽう強い「異能の総合商社」
入社以来、計7件のM&Aに関わり、さまざまな融合を通じた経験から言えるのは、「多様な集団は、モノトーンな集団より明らかに強い」という事実です。現在の豊田通商グループには、世界約130カ国・地域で、多様性に富んだ7万人の従業員が自由闊達に働いています。国籍も年齢もジェンダーも実にさまざまです。これほど多様性に富んだ組織は世界を見渡しても少なく、日本ではおそらく当社グループだけでしょう。人財の多様性こそが競争優位性を築き上げ、豊田通商グループの価値を高めてきたのです。
前社長の貸谷は「総合商社がカバーできるすべての領域を無難にこなす、“オール3”の会社にはならない」と話していました。私も全く同じ考えです。苦手科目はあっても、得意科目にはめっぽう強い「異能の総合商社」路線を継承させ、それを次元上昇させていきます。先日、知り合いのビジネスパーソンから「今井さんが最近よく使っている“異能”という言葉は、時代を先取りされていますね」と言われました。「例えば異分子や異端児に象徴されるように、“異”という単語は従来、日本ではネガティブに捉えられてきました。ところが最近では、異次元や異文化等、ポジティブな文脈に変わってきています。だからこそ、“異能の総合商社”という言葉で自社を表現することは先駆的だと感じました」とおっしゃるわけです。私も、全くその通りだと改めて気づくことができました。
実際、2000年代から2010年代にかけて、多くの総合商社が中国とアジアに向かった時代に、豊田通商は経営資源をアフリカに振り向けて、ビジネスを立ち上げてきました。また、資源ビジネスに強みを持つ会社も多い中で、私たちは「地球を掘ることが全てではない」と考え、すでに地表に存在する資源をリサイクルする事業や、地球に降り注いでいる太陽光や吹いている風といった自然エネルギーを活用するビジネスに早くから注力してきました。まさに“異”です。
さらに言えば、豊田通商グループの仲間たちは業界で「作業着を着た商社パーソン」と呼ばれることがあります。こうした姿勢こそが、今後ますます当社グループの強みになっていくと確信しています。
“異”=ディファレントであり、ユニークであること。それが私たちの価値の源泉なのです。
Mission、Vision、Valuesの継承
「豊田通商らしさ」を世界中の従業員へ継承し、さらに進化させていくために、私たちは従来の「豊田通商グループウェイ」を、冒頭でも触れた「豊田通商DNA」へ見直しました。“Humanity”、“Gembality”、“Beyond”というDNAの3つの要素は、数ある会社の中から当社を志望し、入社してくる仲間たちにも、潜在的に備わっているはずです。また、私たちは、世界各国の現場に立ち、現地の人々とのインタラクションを楽しいと思える人財と一緒に働きたいという想いを持っています。この新たな「豊田通商DNA」を大切に継承し、より磨き上げていくことで、世界中で当社にしか提供できない“Be the Right ONE”(唯一無二、かけがえのない存在)を追求していきます。
さらに私たちは、新たに「未来の子供たちにより良い地球を届ける」というミッションを掲げました。
私は、この豊かな世界に暮らす今の世代が、未来の子供たちに負債を残している可能性が高いという問題意識を強く持っています。今の世代の私たちだけが幸せな世界であってはいけません。むしろ今よりも良い地球を、未来の子供たちに届けたいと考えています。ミッションの中の「地球」という言葉にもこだわりを持っています。世界中の社会課題と向き合い、解決に取り組むことはもちろんですが、人間の社会だけを豊かにしようと努めても、幸せにはつながらないからです。私たちが社会の枠を越えて地球の課題に向き合い、サステナビリティ経営を志しているのは、まさに「未来の子供たち」へのミッションを果たすために他なりません。

「異能の総合商社」としての企業価値を向上させる
2025年3月期の当社グループは、親会社の所有者に帰属する当期利益が3,625億円となり、4期連続で最高益を更新しました。サーキュラーエコノミー本部では若干の減益となりましたが、それ以外の全ての営業本部で、増益を達成しています。新興国での自動車生産販売が堅調に推移したことに加えて、為替の円安要因もあり、最高益の更新につながりました。グループ7万人の総力を結集し、これまでに積み上げてきた各事業の実行力や業務遂行力を発揮できた1年だったと捉えています。
一方で足元では、保護主義的政策への懸念から、地政学的リスクが高まっています。2026年3月期の業績予想を、若干の減益で公表しているのも、為替や各種市況、米国の関税政策による影響等を「堅め」に見積もっているためです。ただし、私たちの主戦場であるグローバルサウスでは力強い成長が見込めますので、世界経済を中長期的に展望すれば心配はしていません。
2028年3月期までの中期経営計画で目指しているのは企業価値のさらなる向上です。具体的な指標としては、PBRを重視しています。収益性・資本効率性を示すROEと、成長期待値を示すPERの両面からの改善を図ることで、「PBRの向上」を目指します。その道筋として、「成長投資」「資本政策」「人財・組織」「サステナビリティ経営」の4つを「次元上昇」をさせていきます。
「次元上昇」による成長の実現
次元上昇とは、過去からの延長線上にある、オーガニックな成長路線とは全く異なり、私たちの事業の次元と、経営の次元そのものを、一段上に引き上げることを意味します。100年に一度の大変革期にある自動車産業は、モビリティ産業へと進化しつつあります。当社グループは、モビリティ総合バリューチェーンの川上から川下までの各段階において異能の強みを持っており、この優位性を活かしながら、事業を次元上昇させようと挑戦しています。例えば、カーボンニュートラルに貢献する素材への置換や、データセンター事業を手掛けることで、次世代モビリティ社会の先導者を目指しているのです。また、再生可能エネルギー事業においても、従来は先進国での陸上風力発電設備が中心だったビジネスを次元上昇させ、発電のマルチパスウェイ化や生成AIを活用した系統蓄電池統制システムの展開を計画しています。対象地域も、アフリカをはじめ、再生可能エネルギーの需要が高い国・地域へと広げていきます。
このような次元上昇による成長を実現するために、今後3カ年で累計1.2兆円の投資を実行します。
取締役会においても、さらなる成長投資に向けた議論を進めています。近年は、複数の1,000億円超のM&A投資を実行してきましたが「もう一段上」の大型案件も視野に入れています。
今後10年間でアフリカ事業を3倍に拡大する
アフリカ事業についても、大きな展望を描いています。アフリカの人口は、2050年には現在の2倍の25億人規模になると予想されています。今後、中間層が勃興し、本格的な経済成長が始まる局面を迎えると見込まれています。当社グループは、アフリカ全土を網羅するネットワークと事業基盤を有する世界でも稀有な存在です。この優位性を活かして、来るべき経済成長の機会を積極的に捉え、その果実を収穫していきます。さらに、アフリカ事業の次元を一段上に引き上げることで、人口増加等に伴う経済成長の約2倍のスピードで事業を拡大していけると考えています。その結果として、2035年には、アフリカでの事業規模を現在の約3倍に拡大できると見込んでいます。
主力のモビリティビジネスは、これからアフリカ市場で一層の拡大が期待できます。医薬品等のヘルスケアビジネスは、川上の生産と川下のリテールへも展開し、事業の厚みを増していく方針です。
中でも、最も成長が見込まれるのはグリーンインフラビジネスです。アフリカの再生可能エネルギー利用比率は、2018年の20%から2030年には50%に拡大すると予測されています。パートナー企業との協働によってこの成長機会を捉え、地域社会の発展とカーボンニュートラルの実現に貢献していきます。また、コンシューマー向けビジネスではユニ・チャーム(株)と連携し、2025年1月よりケニアで生理用ナプキンの生産・販売を開始しました。ユニ・チャーム(株)が当社をパートナーに選んでくださった理由も、アフリカ全土を網羅するネットワークや、長年にわたる知見が評価された結果です。インド等のグローバルサウスで展開するビジネスも、同様の理由から非常に有望です。課題を挙げるとすれば、これらの国・地域で起きている新たな競争の環境に、いかに対応していくかです。
私たち自身が、市場の変化に向き合いながら次元上昇し、競争力を磨き続けることこそが、勝ち残りの条件になると考えています。
サーキュラーエコノミーで世界No.1を目指す
当社グループは、1970年代から日本市場で、使用済み自動車の資源循環事業を手掛けてきました。
現在ではインドにおけるスズキ(株)の子会社であるMaruti Suzuki India社と連携し使用済み自動車の適正処理および解体・リサイクルに取り組んでいます。さらに私たちは、2025年7月に米国トップクラスのリサイクル企業Radius Recycling社の全株式を取得し完全子会社したことにより、世界最大のモビリティ市場である米国へ進出の足掛かりを築くことができました。今後は、米国でモビリティ産業の「動脈」と「静脈」をつなぎ、クローズドループを構築していきます。将来的には、欧州やアジア、中国での挑戦も見据えており、サーキュラーエコノミーのプロバイダーとして世界No.1の地位を目指します。
資本市場に対する責任も果たしていく
当社が次元上昇させていく4つの領域の中では、「成長投資」を一丁目一番地と位置付けています。
同時に、「資本政策」「人財・組織」「サステナビリティ経営」のレベルも一段上に引き上げ、企業価値の最大化に取り組んでいきます。資本政策において、財務健全性をしっかりと維持しつつ、適切な資本政策と積極的な株主還元を実行していきます。まず、2028年3月期にかけて累進配当を継続し、自己株式取得を含む総還元性向は40%以上を目指します。
社長就任後、投資家の皆さまや市場関係者との対話も、積極的に実施しているところです。今後は機関投資家だけではなく個人投資家の方々にも、末永く当社のファンになっていただけるよう、正確な情報をわかりやすく伝えることを心がけます。まずは私自身が前面に立ち、双方向のコミュニケーションを強化することが重要です。豊田通商の成長戦略は、事実やデータに基づいており、確かな裏付けが存在し、この点を丁寧に説明することによって、資本市場に対する責任を果たしてまいります。
「DNAの覚醒」を促し、躍動する生命体のような組織を実現する
社長という立場で、注力すべきは「人財・組織」です。次元上昇させる4つの領域の一つでもあり、非常に重要なテーマです。私は、人間が生まれながらにして持っている能力にはほとんど差がなく、年齢を重ねるにつれて潜在力が覚醒してくるかどうかで、能力の差が生じるのだと捉えています。
豊田通商グループ7万人が、それぞれの得意分野で能力を最大限発揮できるよう職場環境の整備に努めていきます。そして、世界各国の従業員同士が組織・地域・ジェンダー・国籍等を越えて多様な力を結集し、他に類を見ない異能を発揮する「7万人の大旅団」の形成を目指したいと考えています。
私たちを取り巻く外部環境に目を向ければ、不確実性の高い状況が続くと予想されます。人と組織も大きく変わっていかなければ、グローバル市場で勝ち残ることは難しくなります。変化に対して素早く、かつ柔軟に対応するには、会社という組織全体に神経が行き渡り、脳に情報が即座に伝わり、素早い行動がとれる生命体になっている必要があります。このような状態を実現するには、当社のミッションとビジョン、そして「豊田通商DNA」が従業員一人ひとりに浸透し、組織内に信頼感が醸成されていることが不可欠となります。こうした認識・考え方に基づき、世界で活躍する7万人の「DNA覚醒」と、躍動する生命体のような組織の実現を目指します。
「DNAの覚醒」をさらに促すために、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)や人事制度の改定等、人財開発の強化にも取り組んでいます。当社グループは、従業員のさまざまな「違い=異」を受け入れ、事業の成長に結びつけてきました。ただし、役員や管理職層における多様性の確保は、まだ道半ばです。DE&Iを強みとする組織だからこそ、リーダーシップも多様であるべきだと私は考えています。そこでまず、海外拠点・海外現地法人の重要ポストに関して、各地域のビジネス環境や慣習・文化を把握している現地人財を後継者候補に選定し、育成を進めています。2024年11月時点で、後継者候補に占める現地人財の比率は47%に達しています。この他にも、本部と地域をまたぐ異動の推進や、事業体経営者として現場で挑戦する機会の創出にも継続的に取り組んでいます。
現場主義で育ってきた私は、会議があまり好きではなく、会議そのものを減らしたり、時間の短縮を進めています。ただし、社長就任後に新設した会議があります。それがエンゲージメントを高め合う風土の醸成を目的とした全社横断会議「Human Company Taskforce」です。「女性の管理職比率を高める体系的な取り組み」や、「働き方改革の具体策」等、組織や人事に関する課題をマンスリーのアジェンダとして設定し、集中的に議論を行っています。
「本籍地・トヨタグループ、現住所・商社」という原点に立ち返る
「本籍地・トヨタグループ、現住所・商社」。
豊田通商は、自らの立ち位置をこのように表現してきました。実際、私たちは「トヨタグループ」という輪と「商社」という輪が重なる場所に存在しています。トヨタグループは未来志向のマインドを持ち、自分以外の誰かのために幸せを量産し、次代の新たな道を発明しようと突き進んでいます。一方、商社という業態は、日本発のグローバルな企業として独自の進化を遂げてきました。当社グループは、これら両方の強みを兼ね備えた、きわめてユニークな存在です。世界中のさまざまな国・地域で事業の現場に立ち続け、そこに暮らす人々の想いに寄り添ってきたからこそ、「未来の子供たちにより良い地球を届ける」というミッションを掲げ、サステナブルな成長を続けていくことができるのです。
今後も、豊田通商ならではの強みをさらに磨き上げ、“Be the Right ONE ”(唯一無二、かけがえのない存在)を追求する「異能の総合商社」としての存在を継承してまいります。
